特別対談

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サイバーレジリエンス時代に求められる
ネットワークフォレンジックス

04レジリエンス文化を広める

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【 この対談は2019年10月に開催され、記事内容は当時のものです。何卒ご了承ください。 】

藤原
私は2011年が、日本国内でサイバーセキュリティに対する認識が変わった年だと捉えています。2011年は、アノニマスよるゲーム機メーカーへの大規模な個人情報漏洩事件と、防衛関連企業に対する標的型サイバー攻撃の事案が、連日のように報道されました。そうしたことで、潮目がガラッと変わったという印象を持っています。弊社もその状況をうけ、2012年に「トーテックサイバーセキュリティ研究所」を立ち上げ活動しています。
2019年現在、「レジリエンス」という言葉が使われ始めていますが、このレジリエンスという言葉が重視されるようになったキッカケはあるのでしょうか。
門林
2012年の世界経済フォーラムで「Partnering for Cyber Resilience(サイバーレジリエンスのためのパートナーシップ)」というドキュメントが出ました。その頃から、海外のサイバーセキュリティ業界関係者の間で、レジリエンスが意識され始めました。
私も、2013年から2015年まで、EUと日本の国際共同研究のプロジェクトにおいて、サイバーレジリエンスのための研究開発プロジェクトを、国内外10機関と連携して進めました。よって、2012年頃から海外では「サイバーレジリエンスは主要な課題である」と理解されていたと思います。
それから日本にどの様な形で飛び火してきたかは分かりませんが、私は研究室を立ち上げる際、わざわざサイバーレジリエンスという日本国内ではあまり馴染みのなかった言葉を選び研究室を立ち上げましたので、レジリエンスという概念を広めることに少しばかりは貢献できたのかなと思います。
藤原
先生が日本に持ち帰り、種をまかれたということですね。
門林
「私が」というとおこがましいですが、2012年にドキュメントが出ていますので、「みなさん忘れてないですか」という問いかけですね。
藤原
アメリカでは、2001年の9.11テロを受けてサイバーセキュリティの重要性が認識されました。2003年に「National Strategy to Secure Cyberspace(セキュアなサイバースペースのための国家戦略)」が出されたことで「サイバーセキュリティ」は浸透していきました。少し間をおいて、日本にもその認識が伝わり重要性が理解されていったのですが、レジリエンスに関しても、ちょうど今、そういった状況にあるということですね。

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プロフィール
人物 門林 雄基 (かどばやし ゆうき)
奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 サイバーレジリエンス構成学 教授
2009年より国際電気通信連合電気通信標準化部門(ITU-T)においてサイバーセキュリティの国際標準化に従事、2013年より同作業部会ラポータ(主査)。
サイバーセキュリティに関する日欧国際共同研究プロジェクト「FP7NECOMA」研究代表者、独立行政法人情報通信研究機構「サイバーセキュリティ研究センター」招聘研究員などを務める。
人物 藤原 礼征 (ふじわら ひろゆき)
トーテックアメニティ株式会社 トーテックサイバーセキュリティ研究所 所長
1974年生・大阪府出身。大阪大学基礎工学部卒業後、大阪大学大学院基礎工学研究科に進むと同時に会社設立。
ソフトウェアアーキテクトとして、ソフトウェアの設計・開発の技術力に内外からの厚い信頼があり、様々な会社や研究機関において研究開発や製品開発に携わる。
2012年「トーテックサイバーセキュリティ研究所」所長に就任。